2010/10/30 獲得に乗り出すと報道(ニッカン)
2011/02/20 プロ入りの意志無し、獲得断念と報道(スポニチ)
2011/04/28 横浜F・マリノスから受けていたオファーを断った丸山祐市のラストシーズン(エル・ゴラッソ)
2011/05/22 プロ入りを目指すことを表明したとツイート(@reiko_e_jima)
2011/05/24 就職第一志望に落ちたためプロに進路変更とインタビュー記事(College Soccer Central)
2011/07/01 8クラブが争奪戦と報道(スポニチ)
2011/07/12 7月中に決めると報道(ニッカン)
2011/09/10 FC東京に内定と報道(中日スポーツ)
2011/10/05 加入内定を発表(FC東京)
▼2010/10/30[ニッカン]和司監督長期政権にらみポスト中沢補強
横浜が、木村和司監督(52)の長期政権をにらみ、ポスト中沢の補強に乗り出すことが29日、分かった。
この日、同クラブは、今季単年契約だった木村監督の来季続投を発表した。
契約は複数年で基本合意。長期的視野で同監督に名門復活を託し、
目標に掲げる「攻撃サッカー」の実現を支える守備力充実のため、
同監督の母校、明大3年のDF丸山佑市(21)の獲得に乗り出す方針を固めた。
丸山は、Jリーグの複数クラブが獲得に乗り出している流通経大3年DF山村と並び、大学サッカー界を代表するDF。
明大ではセンターバックを務め、ロンドン五輪出場を目指すU−21(21歳以下)日本代表にも選出されている。
横浜の下條佳明チーム統括本部長も「タッチも柔らかく非常に能力の高い選手」と高評価。
現在、大学3年のため「獲得競争が激しくなるかも知れないが、ぜひ横浜を選んでほしい」と話した。
横浜は、今後も守備の大黒柱としてDF中沢に強い期待を寄せている。
丸山の再来年加入が実現すれば、第一線でプレーするベテランに強い影響を
受けながら成長を遂げることも期待できそうだ。
【Weblog】
[明大スポーツWeb]サッカーNavi (27)ルーキー紹介(2009年)
1.名前(ふりがな)
山村佑樹(やまむらゆうき)
2.出身校
大師高
3.学部
政経
4.ポジション
FW
5.アピールポイント
シュート、素早さ、(「マリオカートも得意です」)
6.尊敬している選手
アグエロ(アトレティコ・マドリード)
7.サッカーを始めた時期
小学校1年
▼2011/02/20[スポニチ]プロ入りの意思なし…横浜 丸山の獲得断念
横浜が明大3年のDF丸山祐市(21)の獲得を断念したことが分かった。
12年ロンドン五輪を目指すU―22日本代表の主力としても期待される丸山を高く評価。
流通経大のU―22日本代表MF山村に続き、正式オファーを出す準備を進めていた。
だが、関係者によれば、丸山にプロ入りの意思がないことで、獲得を断念することにしたという。
▼2011/04/28[エル・ゴラッソ][大学サッカー]横浜F・マリノスから受けていたオファーを断った丸山祐市のラストシーズン
大学サッカーというカテゴリーは、年齢的にもプロになるための“最後のチャンス”だ。
一方で、競技スポーツとしての大学サッカーは大学までと決めて、自分なりの“ラストシーズン”を迎える選手もいる。
また、選手としてではなく指導者の道を選ぶ近道として、大学サッカーを選ぶ者もいる。
様々なスタンスの選手がいる中で、いかに自分の考えを貫き、そして他者の考えを受け入れて試合に臨むか。
大学からプロへと進んだ選手の多くが、そうした特殊な環境を“難しい”という。
なかには羽生直剛(筑波大卒・現FC東京)のように、いろいろな立場の仲間とプレーしたからこそ、
サッカーに対する考え方、捉え方が変わったという選手もいる。
大学サッカーの多様性は、“プロ”という側面からだけでは図ることのできない大きな魅力のひとつだ。
明治大のセンターバック・丸山祐市も、大学4年目の今年を競技スポーツとしてのサッカーの“ラストシーズン”に決めたひとりだ。
ただ、彼の場合そう決めたことが、ちょっとしたニュースになった。
それというのも、丸山が横浜F・マリノスから受けていたオファーを断っていたことが明らかになったからだ。
182cmの長身に加え、冷静な判断力と正確な左足のキックを武器とするレフティーは、
大学関係者のみならずJスカウト陣も注目する“タレント”だ。
五輪代表の関塚隆監督にもその実力を認められ、昨年末にはU-21代表に選ばれている。
プロ入りは当然と思われていただけに、このニュースが流れたときは、
誰もが「なぜ、プロに行けるのに行かないのか」と疑問に思ったことだろう。
もちろん、過去にJからのオファーを断った大学選手が皆無だったわけではない。
ただ、多くの場合がすでに就職が決まったあとなど、タイミングが合わない状態でのオファーだったことも確か。
丸山のように、まだ就職が決まっていない状態で断りを入れたのは珍しい例だ。
ましてや、丸山にはU-21代表という“肩書き”まである。怪我のためにアジア大会参加こそ辞退したものの、
“代表選手”がプロに進まないというのは、おそらく大学サッカー界初の出来事だろう。
だが、本人はそうした周囲の困惑を気にせず、現在も精力的に就職活動中。
“なぜプロではなく、就職なのか”という疑問にも、拍子抜けするくらい飄々とした“答え”をくれた。
「僕は今、結果的に明治大のレギュラーとしてプレーできていますけど、1、2年のときはほとんど試合に出ていなかった。
3年になってようやく試合に出られるようになって、たまたま関塚さんや(ユニバ代表の)中野(雄二監督)さんの目に止まっただけ。
正直、最初からプロとか、あまり頭に思い描いてなかった。
だから、こんなふうに(ニュースに)取り上げられるとかも、考えたこともなくて……」
丸山が、プロ入りを“思い描いて”こなかったのは國學院久我山高校時代の怪我によるところが大きい。
2年のときに痛めた膝の怪我を克服した丸山は3年になってようやく復帰。
だがすぐに引退という状況の中で「自分の中で、すごい不完全燃焼の気持ちが残った」。
だからこそ、明治大では高校時代になしえなかった「完全燃焼すること」だけを第一義に考えてプレーしてきた。
もちろん、同じような経験を経て大学にきた選手は丸山以外にもいる。
たとえば岩政大樹(東京学芸大→鹿島)もそのひとり。本当は高校でサッカーをやめるつもりだったが、
高校時代の最後に怪我をし、丸山と同じ“不完全燃焼感”を昇華すべく大学サッカーに身を投じた。
その過程で大学選抜やU-21代表に選ばれ、結果的にプロ入りを果たしてついには日本代表にまでなった。
丸山も岩政と同じ道のりをたどっていると考えれば、彼がプロ希望に方針転換したとしても、なんら不思議はない。
ただ、丸山と岩政では決定的に違うことがひとつあった。(以下、メルマガ本文に続く)
▼2011/05/22[@reiko_e_jima]http://twitter.com/#!/reiko_e_jima/status/72214538296102912
プロからの誘いを断って一般企業への就活中だった、U-21代表・明治大、丸山祐市選手ですが、本日、改めてプロ入りを目指すことを表明いたしました。詳細はメルマガ、CSCなどに掲載する予定ですが、まずは第一報まで。 #jufa #collegesoccer
▼2011/05/24[College Soccer Central]【メルマガ】明治大・丸山祐市、Jへ進路変更〜ミニインタビュー(Vol.53より)
明治大・丸山祐市、Jへ進路変更
昨秋U-21代表に選ばれ、Jクラブから誘いを受けていた明治大DF丸山祐市。
サッカーは大学4年間までと決め、一般企業への就職を理由にプロからの誘いを断っていた丸山だが、ここにきて方針を転換。
再度プロへの道を目指すことを表明した。翻意はない、と断言していた丸山の心情にどんな変化があったのか。
「非難は覚悟の上」という“プロ宣言”の理由を聞いた。
ずっと就活をしていてプロに行くことは考えていなかった。第一志望の企業に落ちるまでは。
それが、第一志望に落ちたということで改めてプロに進路変更したことで、周囲の目は当然厳しくなるというのは覚悟している。
就活している人はみんな、第一志望じゃないところでも受け入れている。
ただ、自分はたまたま、サッカーという道もギリギリ残っていたので……。
第一志望の会社に落ちたとき「このまま、ほかの企業に行って自分は満足できるのか。
サッカーをやめたことで後悔するんじゃないのか」ということが思い巡って。
自己中かもしれないけれども、サッカーの部分でもう1回、自分がどこまでできるのか、改めてチャレンジしたいと思った。
自分だけ、落ちたからプロに行こうとしている、とは絶対に思われるだろうな、というのは自分でもわかっている。
だから今後は、それを跳ね返すくらいがんばらないと。
全日本大学選抜でプレーしていて、周りは全員プロ志望。
就活のために新聞を読んでるのは自分だけ、みたいな状況の中で、
どこかでサッカーをやりたいという気持ちがなかったといったら嘘にはなる。
ただ(進路を)悩んでいたかといえば、それはない。
第一希望の企業に落ちるまでは、本当にプロへの道はまったく考えていなかったし。
落ちたという知らせを受けたときは、本当に頭の中が真っ白になって……。
あんなに何も考えられなくなったのは、高校2年のときに靭帯を切って以来だった。
それで神川監督に、素直に自分の気持ちを相談したら「俺はうれしいよ」という前向きな言葉をもらえて。自分自身でも、それで決意がほぼ固まった。
チームメイトからも「神様がサッカーを続けろって、言っているんじゃない?」と言ってもらえて、そういう考え方もあるんだな、と。
ただ、就職活動をすることでいろんな人生を歩んで来た人たちに会えて、話を聞くことができたのは、すごく大きかったと思う。
同年代の学生のバイトでがんばった話や、企業訪問でOBの方のいろんな話を聞けたり……。
サッカーは別として、世の中にはすごい人たちがたくさんいるな、と思えたのが正直なところ。
これまでの自分は、努力したことが全部結果に結びついて、それがサッカーにも活きてきた。
それを就職活動にも反映させられればと思ったが、必ずしもうまくいかないということもわかった。
相手とのフィーリングだったり、ちょっとした運もある。
でも結局は、サッカーでがんばったほどは、就活では最後まで行けなかったのかな、という自分なりの甘さを感じたのも確か。
とりあえず、以前声をかけてくださったマリノスさんとアルビレックスさんには、
「もう一度、サッカーに挑戦することになりました」と連絡を入れさせてもらったが、
自分としてはゼロからのスタートだと思っている。
これからは、ピッチの上が第二の就職活動。
自分はセンターバックだが、松岡のようにバチーンとぶつかるタイプではないと自分自身でわかっているので。
守備だったらカバーリングだったり、少し頭を使って相手選手が入ってきそうなところにいち早く入ったり……。
ただ試合の終盤になるとあまり頭を使ったプレーができなくなるので、そういったところを意識してやりたい。
攻撃では、明治大がパスサッカーなのでリズムを崩さず、たまにはロングキックなども見せつつ、チャンスがあれば左足のFKでゴールを決めたい。(抜粋)
▼2011/07/01[スポニチ]8クラブが争奪戦!明大・丸山…関塚ジャパンも注目
関塚ジャパンの秘密兵器として期待される明大4年のDF丸山祐市(22)の来季獲得を目指し、横浜、G大阪、浦和、大宮、J2のFC東京、千葉、栃木、京都と総勢8クラブが争奪戦を展開していることが30日、分かった。
昨年末には福岡大のU―22日本代表FW永井(現名古屋)の獲得をめぐって5クラブが競合したが、丸山争奪戦はそれ以上の規模となる。
1メートル83の丸山はレフティーで、センターバックだけでなくサイドバックもこなす。
昨年はアジア大会代表にも選出(合流前に故障で離脱)された。
一般企業への就職を希望していたため大学でサッカーを辞めるつもりだったが、ここに来て翻意。一度は獲得を諦めたJクラブが一斉に獲得に乗り出した格好だ。
▼2011/07/12[ニッカン]J争奪戦明大DF丸山 7月中に進路決定
Jクラブが争奪戦を繰り広げている明大のDF丸山祐市(22)が、進路決定に期日を設けた。
11日、全日本大学選抜のドイツ遠征出発前に「7月いっぱいにオファーをいただいたクラブから決めます」と明言。
現在は横浜、東京、千葉、大宮の4クラブが正式オファーを出している。
年代別の日本代表にも選ばれた181センチの左利きのセンターバック。
1度は一般企業への就職を目指したが、「人生は短い。やれることをやらないと」と翻意。今後はU−22日本代表入りも目指す。
▼2011/09/10[中日スポーツ]東京 明大CB丸山獲得
J8クラブが大争奪戦を繰り広げた明大DF丸山祐市(22)が来季からFC東京へ加入することが9日、内定した。
関係者によると、丸山はこの日、FC東京入りを決断し、クラブ側に伝えたという。
8月に中国で開催されたユニバーシアードで日本を優勝に導いた技巧派の大型センターバック(CB)。
FC東京は、U−22日本代表のMF山村和也(21)=流経大=と双璧をなす大学界の逸材の獲得に成功した。
▼2011/10/05[FC東京]丸山 祐市選手(明治大学) 来季新加入内定のお知らせ